少し前の調査ですが、「平成27年乳幼児栄養調査」(厚生労働省)では、77.8%の人が「授乳について困ったことがある」と答えていて、中でも、生後1ヵ月時点で混合栄養だった人は、その約9割が授乳について困った経験があると回答していました。
当団体の最近のLINE相談でも同じように、母乳と乳児用ミルク両方を与えている人からの相談が最も多く、また、より強い困難を訴えることが多い印象があります。そこで、実際の相談データから、お母さんたちが、特に、ミルクを足しながら母乳をあげている場合に、どのような悩みを感じ、どのような思いを抱えているのか、その背景に何が見えるかをまとめてみました。
相談全体の約4分の3を占める生後半年未満の相談をみると、母乳のみの場合は、「母乳不足の心配」「授乳のタイミング」「乳房のトラブル」などを中心にさまざまな悩みがまんべんなく見られます。一方、混合の場合は、「母乳を増やしたい・ミルクを減らしたい」と「乳房から飲みたがらない・吸いつけない」という相談が目立ちます。
*データの詳細はダウンロード用PDFの(補足3)に記載
相談の中で聞こえてくるのは、お母さんたちの辛い気持ちです。典型的な例をまず紹介します(個別の相談内容を公表しない規約に基づく相談のため、実際の声をもとにアレンジしたもの)。
今はミルクの方が多いのですが、母乳の比率を上げたいです。今からでも母乳を増やすことはできるでしょうか。
出産施設には母乳だけで育てたいという希望は伝えていたのですが、特に説明なくミルクを補足されていました。補足後、赤ちゃんが乳房からの授乳を嫌がるようになりました。乳房から飲んでもらおうと何度も試していますがうまくいかないことが多く、ミルクの量がどんどん増えています。
ミルクを減らそうとしたら大泣きされ、かえっていつもよりミルクを多くあげる結果になります。授乳のたびに、悲しい気持ちになります。
ミルクをあげると長時間寝てしまい、母乳を増やすための頻回授乳ができません。本当は母乳だけで育てたいのですが……。
混合ですが、少し前から母乳の飲みが悪くなりました。今は母乳を飲ませようとすると大泣きし、哺乳びんが与えられるまで泣き続けます。
突然おっぱいを嫌がって飲みたがらなくなりました。母乳だけにこだわるつもりはありませんが、乳房を拒否されるのがとても辛いです。先が見通せず不安で、うつになりそうです。直接授乳はもうあきらめるべきでしょうか。
赤ちゃんのために母乳でと思っていたけど、ここまでして母乳をあげたいのは自分のエゴではないか? こんな日々が続くならミルクだけにして笑って育てる方がいいのではないか……と、ぐるぐる思い悩んでいます。
相談を寄せるお母さんたちは、何とか栄養を与えて育てなければならない赤ちゃんを前に、毎回の授乳ごとに、母乳が出るだろうかと不安に感じながら、どれだけ補足したらよいか困惑しながら、ミルクを足したら母乳がさらに減ってしまうのではと心配しながら、どうしたら母乳が増えるか途方に暮れながら、赤ちゃんが大泣きする声を聞きながら、飲みたがらない赤ちゃんを何とかなだめながら、おっぱいをあげたり、哺乳びんを与えたり、その間に体重を測ったり、哺乳びんを消毒したり、搾乳したり……と、昼夜問わず、本当にたいへんな日々を過ごしておられます。
このようなお母さんたちの様子を聞くと、「母乳はたいへん」という、よく聞かれる言葉が浮かぶかもしれません。けれども、このようにたいへんな思いをするのは、母乳をあげているからなのでしょうか? 母乳で育てたいと思うからなのでしょうか? 相談を受けていくと、多くの場合、背景に、次のいずれかの状況(複数のことも多い)があったことが見えてきます。
このように、困難の背景に共通点があるということは、すなわち、それを変えるだけでも多くの困難を未然に防ぐことが期待できるということではないでしょうか。中でも、特に次の2点は、負荷の大きさという意味でも、また、効果が期待できるという意味でも、早急な対応が望まれます。
一般には「母乳が足りなければミルクを足す」というイメージがあります。しかし、実際には、ミルクを足しているうちの多くの場合において、まだ一度も母乳を飲ませていないうちからミルクが与えられています。そして、いざ母乳を飲ませ始めるときも、母乳が足りているかの個別のアセスメントや増やすための提案なしに、はじめから授乳がミルクとセットであることが、今の日本ではまだまだ多いようです。
そのようなスタートをしたお母さんの多くは、赤ちゃんのためにも母乳の割合を増やしていきたいと願います。けれどもそれは、シンプルな作業ではありません。
これらの相反する要素のバランスを取りながら徐々に母乳を増やしミルクを減らしていくのは、かなり難しいタスクです。にもかかわらず、そのために必要な知識やフォローを与えられることなく、手探りでそれをするほかないという状況に多くのお母さんがおかれています。さらに、赤ちゃんが哺乳びんを求めて泣く、乳房を嫌がるなどにも直面し、やがて、「そんなにたいへんなら母乳にこだわらない方がいい」と各方面から言われ、母乳をあげたいという自然に湧き上がる気持ちにすら罪悪感を覚えるようになっていきます。これが、今、決して少なくない数のお母さんたちが経験している過酷な道のりです。
このように、医学的な根拠なく一律にミルクを与えるというスタートが産後間もないお母さんの心身の負荷につながっていることを、まずは多くの人、特に出産施設の方、行政機関の方に知っていただきたいと思います。そして、母乳について、その始まりの地点である出産前後に根拠ある支援が得られれば、その後の不要な負荷をどれほど防げるかということに焦点を当て、「産後ケア」ということがこれほど言われている今こそ、そこに資源が注がれることを願います。
相談を受けていると、授乳の間隔や1回の授乳の時間を制限する指導を今もよく見聞きします。母乳が足りているかを判断するとき、そして母乳を増やしていこうとするとき、間隔や時間の制限が与える負の影響は非常に大きなものがあります。
時間制限があることで、十分に母乳を飲み取る前に授乳が切り上げられ、その分ミルクが必要になるケース。授乳の後半に出る脂肪の多い母乳を飲むチャンスが与えられないことで体重が増えないケース。授乳間隔をあけることで母乳が乳房にたまり続け、それによって分泌が抑えられていくケース。このように、母乳を増やしたいと願いつつ授乳を続けているのにもかかわらず、母乳分泌の機序とかけ離れた時間制限が課されることで、いつまでも希望に近づかず心折れそうになっていく様子がしばしば見られます。
妊娠中から、出産施設で、産後ケアで、健診や訪問で、母乳外来で、どこに行っても、一貫して「母乳は、赤ちゃんが欲しがるたびに欲しがるだけあげたらいい」という情報が共有されること。ただそれだけで状況が大きく改善されるケースが、たくさんあるのではないでしょうか。
このように、産後すぐからのルーティンでのミルク補足が与える影響が広く認知され、その対応が変わること、そして、どこに行っても一貫して「欲しがるたびに欲しがるだけ」という支援を受けられること。それだけでも、お母さんたちの必要以上の苦労をずいぶんと防ぐことが期待できそうです。
そして、「母乳外来」「母乳相談」という看板を掲げる場では、乳房にしっかりと吸いついて母乳を飲みとるための抱き方や吸いつき方を母と子自身が習得できるような支援が得られること。また、出産施設や産後ケア施設、健診、訪問などで具体的な母乳育児支援の提供がむずかしい場合には、その対応ができる場が紹介されること。それらが鍵となって、お母さんの授乳生活は「たいへん」ではなく、本来の穏やかでやさしいものとなっていく可能性がぐっと上がるのではないでしょうか。
最後に、このようなたいへんな状況の渦中にあるお母さんからよく聞かれる思いを紹介します(実際の相談で聞かれた声をもとに、典型的な例としてまとめたもの)。
産む前は混合希望だったし、産後母乳がたいへんなときはミルクだけの方がいいかとも思いました。今ごろになって、赤ちゃんにとっての母乳の利点や母乳で育てるためのコツといった情報をはじめて知り、もっと早く知っておけばと後悔しています。
母乳だけで行けるようになってすごくラクになりました。おっぱいに頼ってばかりはダメかと気にしてたけど、「欲しがるたびにあげることで赤ちゃんの必要を満たしてあげられている」とわかって安心しました。おっぱいをあげれば赤ちゃんが落ち着くので、あえてこれなしに育児をするのは本当にたいへんなことだと思います。
出産前はミルクでもいいと思っていましたが、ひとたび授乳してみたら、母乳で育てたいと思うようになりました。授乳がこんなに幸せな気持ちになるものとは想像もできませんでした。我が子は本当にかわいいですし、おっぱいをしっかり飲んでるときは、さらに愛しさでいっぱいになります。
妊娠中に出産施設から、母乳・ミルク・混合についての希望を聞かれたという人は多くおられます。けれども、判断に必要な情報提供を受けた上で希望を聞かれたという話はあまり聞きません。
こういったことを知った上での選択でなければ、真にお母さんの希望が尊重されているとは言い難いでしょう。
十分な説明を受けて納得した上で医療措置を選択できることの大切さが一般に共有されるようになった現代においても、赤ちゃんの栄養方法については、情報を提供されず、母乳がスムーズにいくための選択肢を与えられず、結果的に辛い思いをしている人がたくさんいるということが、広く認知され、社会全体で、その対応がなされることを強く願っています。
【補足】
母乳については、世間一般によくある思い込みがあります。長年一般にそう思われてきたものもあれば、営利企業が自社製品の販売促進のためにそのようなメッセージを流している場合もあります。また、支援者の発言からそう思うようになったという場合もあります。
適切な支援が得られないとき、そういった思い込みがあると相乗効果で困りごとになりやすい一方で、お母さん自身が適切な情報を知っている場合には、自分の感覚を信じ、数字よりも赤ちゃんをみることで、それを切り抜けていけることがよくあります。お母さん自身に適切な情報が届くことも、大きな助けになるでしょう。
次に、よくある思い込み(太字)と、それに対して科学的に明らかになっていることなど、知っていると役に立つ情報(●)をまとめました。
?出産したら母乳は自動的に出る
?出産した日から母乳はたくさん出る
?生まれた日から体重は増加する
?赤ちゃんが泣いたら授乳する
?母乳は乳房にたまったものを飲ます
?乳房にためてから飲ませる
?スケールで測った哺乳量=母乳の製造・分泌能力
?毎日・毎回同じ量の母乳やミルクを飲ませる
?搾乳できる量=赤ちゃんが飲んでいる量
?赤ちゃんの体重増加不良=母乳分泌不足
? 授乳時間が長いと乳首が痛くなる
?乳首が大きい・硬い・陥没しているなどの場合、授乳は難しい
?母乳もミルクも同じ
?直接授乳以外に補足が必要なときはミルクを足す
?母乳が出ないのは妊娠中にマッサージしなかったから
?授乳クッションは必須アイテム
?預ける予定があるなら早いうちから哺乳びんに慣らしておくべき
?母乳だけだと夜間がたいへん
?母乳だけでなくミルクも飲めるとラク
?お父さんや家族と授乳を分担できるとラク
赤ちゃんとお母さん、そして家族は、それぞれ違い、一人ひとりの選択はそれぞれ異なることでしょう。その選択をするときには、いつも適切な情報がそばにありますように。そして、望む人はだれでも、母乳で育てやすいスタートを選べる環境でありますように。
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産後間もないお母さんが不要な負荷を負わないために社会ができることについて、広く認識を共有する目的での活用を歓迎しています。(改変不可)